東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1538号 判決
次に控訴人主張の慰藉料請求について判断する。ところで、控訴人の主張する不法行為というのは、被控訴人が、(一)訴外K、Sらを唆かして控訴人との協議離婚の手続をとらせた、(二)控訴人を社会から事実上抹殺しようとして陰に陽に控訴人の親戚らに働きかけ、警察の協力を得て昭和三六年一月一七日以降同三七年五月五日までと昭和三九年一月四日以降同年四月三〇日までの二回に亘つて控訴人をT精神科病院に強制入院させた、(三)控訴人に隠れて訴外Nと情交関係を結んで家庭を顧みず、協議離婚の手続をすませた後に夫婦気取りで同棲した等の行為であるのでこれらの諸点について検討する。(一)の点は前段認定のとおりであり、なお、前掲甲第一号証、原審(第一、二回)及び当審における控訴(前記採用しない部分を除く)、被控訴各本人尋問の結果を綜合すれば、協議離婚の手続は、控訴人のT神経科病院に入院中、被控訴人が結婚の媒酌人であつたKに対して離婚を熱望していることを伝えてその手続をとることを依頼したところ、Kは控訴人の親戚にこれを伝えたので双方の親戚縁者が協議した結果協議離婚の手続をとることに意見が纒り、控訴人の伯父Sと叔母Aが同道して前記病院に控訴人を訪ね、精神分裂病に罹患している同人をして持参の離婚届用紙の控訴人の氏名下にその印章(Sが持参したもの)を押捺せしめた上、これに所定の事項を記入して戸籍吏に届出たものであること及び控訴人が右用紙に押印したのはその意味を知り納得した上でのことではなかつたけれども手続一切をKに委ねていた被控訴人は離婚届がどのようにして作成されたか特に控訴人の署名(記名)捺印がどのようにして顕出されたか等の点については全く知らされることなく、単に離婚手続がとられた結果のみを知らされたにとどまる事実が認められるのでこの点に関する被控訴人の行為を目して不法行為というのは当らない。(二)の点については、控訴人の入院経緯は前示認定のとおりであつて、右入院が被控訴人の策動によるものであることを窺わせるなんらの資料もない。(三)の点については、前段認定の事実及び原審(第一、二回)及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は実家が貧しかつたので、長女道子を抱えて生計に苦しみ飲食店等の下働きをすることによつて辛じて糊口を凌いでいるうちKから離婚の手続がとられた旨を告げられたので適法に離婚が成立したものと考えたこと及びその後訴外Yの経営する西新井駅前の寿司屋で働きながら身の振り方を案じているうちY夫妻からYの妻の実弟であるNとの縁談が持出されたのでこれを承諾し、Y夫妻の媒酌によつてNと事実上の婚姻をしたのであつて、控訴人との婚姻関係は既に全く破綻していたものである事実が認められ、右認定を覆えすに足るなんらの資料もない。以上の事実関係によれば、被控訴人がNとの内縁関係に入つた原因はひとえに控訴人の同居に堪えない仕打にあるといわなければならないところ、かようにその原因を与えた控訴人において被控訴人のNとの内縁関係に入つた行為を目して自己に対する不貞行為に問擬し、これを理由に慰藉料を請求することは信義則に照して許されないものといわなければならない。
もつとも、被控訴人は前示のごとく控訴人との離婚無効の判決が確定した後もNとの内縁関係を解消せず、控訴人方に復帰する意思を有しないけれども、控訴人との離婚事由およびNとの内縁関係に入つた経緯が前叙のごとくである以上、被控訴人に対し改めてNとの関係を解消して控訴人方に復帰すべきことを期待することは、難きを強いるものであり、その挙に出ないことを理由として被控訴人に控訴人に対し不法行為上の責があるとすることはできない。
(長谷部 石田実 麻上)